2008年10月14日

アルトゥール・シュナーベル著『わが生涯と音楽』を読んで − 往年の名ピアニストのおすすめ名著

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アルトゥール・シュナーベル著『わが生涯と人生』の商品写真この三連休は如何お過越しでしたか?こちらはパソコンのハードディスクが壊れ、天気のいい三日間、外出もせず、行きたいコンサートも断念して、家で修復作業に追われておりました・・・

しかし、インストールやらコピーやらの途中途中に読書も進み、それなりに有意義な面も。最近、こちらの記事も「新譜のあれだ、これだ」と煽るような記事が多かったので、反省の意味も込めて、いつもの暢気な感想文を書こうと思います。

本日、ご紹介するのは往年の名ピアニスト アルトゥール・シュナーベル著『わが生涯と音楽』。表紙は、左上の写真では少々判別し難いですが、1933年 ウィーンのブラームス祭前の練習風景とのこと。左からヴァイオリニスト フーバーマン、チェロのカザルス、シュナーベル、そしてヴィオラに作曲家のヒンデミットです。(リンク先アマゾンで大きな写真でご覧になれます。)

これが実に面白い書籍で、大きな図書館ならば本書も置いてあるでしょう。未読でしたらぜひご一読をおすすめいたします。読後、シュナーベルについて俄然興味が湧いて、その録音をいろいろ聞いてみよう、聞き直そうとなってしまうのではないでしょうか?

タイトルが『わが生涯と音楽』と固いため、シュナーベルの人柄についてイメージがなかった私は、厳めしい内容と想像しましたが、さにあらず。およそ350ページの中身は、二部に大きく大別され、第一部は、1945年にシカゴ大学音楽学部にて語った12回の亘る講演録。これは、自らの音楽生活を自由に回想した親しみ易い自伝的講演です。第二部は、講演後の聴衆との質疑応答となって、回答からシュナーベルの考えがさまざまに伺えます。分量はほぼ半々。

このアルトゥール・シュナーベル著『わが生涯と音楽』をおすすめする理由は、いくつも挙げられますが、第一の長所は、、、それは読みやすさに直結し、本書全体に見られる既知に富んだ口調です。そもそも、講演録とQ&Aですから、会話文で読みやすいものですが、全体として訥々と話しているだけのように見せて、時にユーモラスに、時に軽い皮肉を込めと、聴衆を飽きさせない話の運びが見事。では口がうまいだけか?と言えば、勿論そんなことはありません。自身が重要と考えるポイントは、ごり押しにならないように気を使いながらも、はっきりと打ち出しています。

次に挙げたい美点は、この書籍の前半部分、人生を回想する講演録にて、レコード以前の音楽にまつわる諸状況が判ること。勿論、シュナーベルの主観的意見ですが、例えば、当時のドイツの聴衆の音楽的教養の高さ、レコードやラジオがない時代の聴衆のコンサートに対する熱意等々、どこかで話に聞き及んだ事柄も、同時代の人間の口で語られると大変説得力があります。

中都市でのドイツの聴衆は、献身的に音楽を愛する人々から成り立っていました。彼らは、コンサートにききにゆく音楽の大部分を知っていました。彼らは実によく知っていたのです。これらの聴衆のなかで、積極的であれ受動的であれ、家庭内での音楽演奏に熱中しなかった人―しかもそのために大騒ぎすることがなかった人―は、おそらくひとりもいなかったでしょう。それは、老いも若きも協力する家庭生活の一部だったのです。(p.78)

1882年のオーストリアのユダヤ系の家庭に生まれたシュナーベル。上は、オーストリアからドイツに拠点を移した際の感想として述べられたものです。比較して、ウィーンの聴衆は、伝統崇拝も流行への熱中も、いわば怠慢な優越感からくる軽佻浮薄さがあると低く評価されますが、この言葉には客観的な観察結果だけでなく、ウィーンへの反語的な思いもあるのでしょう。

シュナーベルは出自からして、一種根無し草な存在ですが、それぞれの地域・文化・人々については、つかず離れず穏やかに一歩引いた姿勢を取ります。オーストリア・ドイツだけでなく、ロシアやイギリス、アメリカ等々、さまざまな訪問地が話題に上り、描写されるそれぞれの土地の独自性は勿論、当時の社会的情勢も伝えていて大変興味深いものです。

演奏旅行と言えば、それがずいぶんなどさ回りであったことがユーモラスに語られます。この部分を抜いただけでも十分な滑稽譚となるでしょう。「ベートーヴェンの大家」としての厳めしいシュナーベル像が良い意味で方向転換されるように思います。何かと「演奏家=スター」の図式で崇めがちな傾向も、こういう話を聞くとちょっと変わるのではないでしょうか?

その他、ウィーンで師事したピアノの名教師 レシェティツキーの教授法が詳しく語られれば、シェーンベルクやブゾーニ、ヒンデミットなどの作曲家、フルトヴェングラーやファイアーマンとのさまざまな交遊録もふんだん。レコードやラジオの登場による聴衆の嗜好の変化、ビジネスとしてなりたつ為にコンサートホールが肥大化したことの利点と弊害、スタインウェイやベヒシュタインなどのピアノの違い等々、それぞれの読者がそれぞれに関心を惹かれることでしょう。(再三語られるスタインウェイの商売方法は、名声の裏面が判るようで、なかなか興味深く・・・)

最後に今ひとつのおすすめする理由を挙げれば、聴衆を固定観念から自由にしようと述べられるシュナーベル自身の音楽感といったものでしょうか?伝記的講演の中にもそういった良さが多くみられますが、後半の質疑応答ではそれがもっとはっきりします。

スターを崇める傾向に対して、

音楽の人気が、主として《スタア》の音楽活動に決定されるのは不幸なことですが、もしもわれわれが、音楽家をとおして音楽をみるというよりは、音楽をとおして音楽家をみることになるとすれば、そのほうがはるかによいでしょう。(p.195)

言葉として音楽をとらえることについて。これは作家を難じたものですが、われわれの誰にもあてはまることでしょう。

トーマス・マンは、ある音楽家の生涯について語った、ある物語を書きつづけています。一般に作家は、画家や科学者のように音楽と自発的な関係をもっていません。とりわけ物理学者と数学者は、なんら音楽以外の干渉もなく音楽を楽しみます。作家はいっそう自意識が強く、あらゆる経験を言葉に翻訳してしまう傾向をもっています。これは、音楽に関しては不可能です。(p.221)

同様な発言に、

あらゆる偉大な作曲家は分類されました。たとえばベートーヴェンは、彼自身の苦しみを無分別に大声で口に出す永遠の格闘者であり、モーツァルトは、一種の家具展示会と仮面舞踏会であり、バッハは、インク壷か大聖堂であり、そしてシューベルトは、魅力的なリート王なのです。このすべてが、もちろんまったくのたわごとです。だがそれは、授業や多くの書物において、いまもなお受け入れられています。(p.271)

近しい友人だったシェーンベルクについて、

われわれはいつも、シェーンベルクとの関連で十二音組織を頭に浮かべます。彼の音楽をよく知っている他の人びとは、彼の後期の作品においてすら、あのヴァーグナーによって生みだされ、トリスタンの曲に最も顕著にあらわれているロマンティックな表情の豊かさに、ある程度依存しているところがあると考えています。(p.298)

シェーンベルクについては、この他にも興味深い記述が多くなっております。

この他、自分に張られたレッテル変遷から、楽譜の解釈、演奏法、指導方法、演奏会のプログラム、聴くだけでなく自ら弾き、それ以上に作曲することの重要性etc etc。さまざまに語られるトピックに、光る表現を抜き出していけば、全文丸写しとなるような状況。聴衆はアメリカの若い音楽学生で、シュナーベルも知らず熱が入れば、細かな質問にうんざりしたりで、まったく字義通りに受け取ってよいか考える部分もありますが、全体として真摯で、読み手に考えるきっかけを与えるすばらしい内容と思います。

最後に抜き出すのは、簡単そうでその実、難しいことです。アメリカでの印象から語られた言葉ながら、これも現代日本のわれわれに、音楽以外の事柄についても自らの態度の再考を促す言葉でしょう。

わたしが有害だと思ったのは、《多数》を喜ばすものだけが実際にすぐれている、という考え方です。このことが一般に信じられているかどうかは知りませんが、そのような言葉を実にしばしば耳にしてきたのです。あなたが自分の好むものをえらぶ勇気をもつことは、あなた方の芸術との関連においてきわめて重要だと思います。あなたがなにかに喜んだとき、それを好きだとあえて認めるまえに、それが非常に多くの人びとを喜ばせるかどうかを知ろうとして待っていてはいけないのです。

これに続けて述べられたことも等しく重要です。

あなたは、芸術の価値についてほんの三人か四人の人たちがあなたと同意見であるような、小さな場所に生きているのかもしれません。その場合にあなたは、自分を悪く思ったり、あなたと同じような洞察力をもたない人びとをみくびったりしてはならないのです。傲慢になる理由はありません、ただ感謝をし、理解したという恩恵を得ることで幸福に思う理由があるだけです。(p.300)

******

リンク先のアマゾンは少なくとも今は価格が高いです。概して、古本につきましては、アマゾンで購入される前に、古書店街を歩かれるか、日本の古本屋 ウェブサイトを検索されることをおすすめいたします。

もし、シュナーベルの録音に興味を持たれたら、例えば、シューベルトのソナタの録音など如何でしょうか?クラシックの名盤検索には、Look4Wieck.comの検索機能をお役立ていただければ幸いです。シュナーベルの録音ならば輸入盤を探すことになると思いますが、リストから外国語表記でシューベルトとシュナーベルを選んでいただくのが早いかと存じます。

では!

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posted by sergejO at 19:47 | Comment(0) | TrackBack(0) | 名著ご案内!
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