2008年10月18日

音楽家は語る−グレン・グールド、クラウディオ・アラウ、ゲンリヒ・ネイガウスほか、名ピアニストの言葉から

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若きグールドの録音集:The Young Maverick(6枚組)商品写真前回は、若きグールドの録音集:the young maverick/le jeune original(6枚組)をご紹介致しました。

今日は、ネタがない!と思っておりましたら、いつものkenさんから(ブログ:《がたがたへりくつクラシック》へのリンク:へりくつなんてご謙遜もいいところで、おすすめです。わたしのブログがお恥ずかしい。。。 )、グールドの言葉で過去に引用したものについて、ご質問があったので、これ幸いとそれを挙げようかなと。

ジョン・P.L.ロバーツ編 『グレン・グールド発言集』商品写真グールドはモーツァルトを好まなかった?
私がモーツァルトを好きでないという言い方は間違いです。
モーツァルトには非常に惹かれる面がいくつかあります。彼の音楽には大きな柱を中心に据えた引き締まった構造があり、私はそれに感服しているのです。それから、曲の終結部の構造には類い稀なるものがあります。

敬愛するR.シュトラウスについて
シュトラウスは、メンデルスゾーンと同じで、完全主義者です。頼もしい職人肌の技巧が、少しですが、いつも必ず存在します。そして、ある種の和声的なステップがあって、決して方向を過たずに進む。いつも十全に機能しているのです。

ジョン・P.L.ロバーツ編 『グレン・グールド発言集』から p.202, 367

次は、グールドの書いたもっとも良い表現の一つと思います。折角と思って、手持ちの原書から原文で引用しました。

ティム・ペイジ編 『バッハからブーレーズへ グレン・グールド著作集I 』 商品写真1955年《ゴルトベルグ変奏曲》の自作のライナー・ノートの言葉から
It is, in short, music which observes neither end nor beginning, music with neither real climax nor real resolution, music which, like Baudelaire's lovers, "rests lightly on the unchecked wind." It has, then, unity through intuitive perception, unity born of craft and scrutiny, mellowed by mastery achieved, and revealed to us here, as so rarely in art, in the vision of subconscious design exulting upon a pinnacle of potency.

ティム・ペイジ編 『バッハからブーレーズへ グレン・グールド著作集I 』から p.48

いつもは書籍から挙げますが、下のものだけはVTRから。

DVD『グレン・グールド 27歳の記憶』の商品写真 ウェーベルンと面識のあった作曲家の友人との会話で・・・
友人「彼(ウェーベルン)はとてもシャイ shy だったよ、、、彼の音楽がそうだったようにね。」
グールド「シャイだって?」と、変奏曲Op.27の第二楽章 を大袈裟に演奏。「これが、シャイ?(笑)」
友人「う〜ん(笑)、そうかもしれないけれど、でも、やはり控えめな音楽だと言いたいな。それに、とても寡黙な人だったし・・・」
グールド「シャイな音楽と言えばこれ!」またピアノに向き直し、わざと朗々と歌いながら演奏。
友人「!」
・・・グールドが何を弾いたかは、ぜひDVDでご確認を。

『グレン・グールド 27歳の記憶(原題:Glenn Gould Off the Record / On the Record)』

このビデオはほんとに大好きなビデオで、20年前でしたか、アメリカにショート・ステイした際に見つけてから何度見たことかしら・・・その中でも、この場面はほんとに素晴らしい部分の一つ。リンク先のアマゾンのレビューに、なにを弾いたか書いてあるのですが、ぜひそれは読まずにこの映像に見つけて欲しいと思います。私も流行映画のあらすじなど、言ってもらってかまわないどころか、言ってほしいくらいですが、こればかりはなんとも。。。

このビデオが取られたのは、1959年あたりで、冒頭に挙げたthe young maverick/le jeune original(6枚組)に収録されているウェーベルンの変奏曲Op.27は詳細不明ながら、1955年前後のはずで、殆ど似たような時期のもの。ただ、上の会話の中では、「雄弁なウェーベルン」を示そうと、ふざけて演奏もしているのではありますが。

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たったの四つしか挙げておりませんでした、、、たくさんの本・名前・トピックを挙げようと、一冊から挙げる言葉を少なめにしておりますが、名言が多いグールドについては、ちょっと少なすぎるかも・・・

私の運用しておりますクラシックおすすめ名曲案内とショップサイト Look4Wieck.comのTop頁に、《音楽家は語る》というコーナーがあって、音楽家の言葉をランダムに表示しているのは、こちらでもたびたびご紹介しております。

すでに150余の言葉がありますが、いままで新規登録だけ、こちらでご報告しただけで、どうも、あのコーナーも思ったより、ご覧になる方がすくないようで、、、(涙!)、もったいない気も致しますので、こちらでたびたび過去に挙げた言葉も書いておこうかなと。

本日は、グールドを上に紹介したので、他のピアニストで続けましょう。

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ユルゲン・マイヤー=ヨステン編 『ピアノを語る』の商品写真バレンボイムの語るアルトゥール・ルービンシュタインの逸話
ルービンシュタインは「良いコンディションを保つためにあなたはどうしてますか」と訊ねられて、「そんな方法があったら売ってあげますよ」と答えたそうです。確かに私もそんなものはないと思います。

ドイツ音楽で、ポリーニの好んだ往年の名演奏家とは・・・
シューマンの演奏で特に好んで聞いたのはコルトーとケンプの二、三の古い録音です。ベートーヴェンの演奏で特に興味を引かれたのはシュナーベル、バックハウス、ケンプです。強い印象を受けたのはエドウィン・フィッシャーとフルトヴェングラーによるブラームスのピアノ協奏曲ロ短調の昔のコンサートからの録音です。私は他の何よりもこれを大事にしています。

室内楽を聴くことを奨めるポリーニ
室内楽のレパートリーは非常に重要でかつ広いものです。聴衆がピアノやヴァイオリンの巨匠の演奏ばかり聞きたがるのは精神の怠慢だと思います。二重奏や三重奏にも同じ位の感心が向けられるべきです。

室内楽の効能に触れるクラウディオ・アラウ
若い音楽家は大いに室内楽をやるべきです。そうすれば、オーケストラと共演するのもより上手になるでしょうし、それに一人の作曲家の全作品とより一層取り組むことになりますから。

アラウの助言
若い人たちに繰り返し忠告しておかねばならないことがあります。文化的な地平を広げる努力をしなさい。美術館へ行きなさい。劇場へ行きなさい。あらゆる時代時代の偉大な本である古典を読みなさい。芸術、建築、文学の世界を渉猟しなさい。そういうもの全てが結局はあなたの演奏に反映するのです。

ユルゲン・マイヤー=ヨステン編 『ピアノを語る』から p.20, 35, 38, 48&56

ポリーニの言葉は、ちょっと意外でした。

続けて、アルフレッド・ブレンデルの著作から引用した言葉。

マルティン・マイヤー著 『対話録「さすらい人」ブレンデル―リストからモーツァルトへの道程』  の商品写真ブレンデルは、初見が苦手?
譜面を正確に読むことを、きちんと教えてもらったことがないのです。だから私は初見で弾くのが苦手です。楽譜を読むときは、いつも声部をひとつずつしか知覚できません。だから何度も譜面を行き来しながら読まないといけません。

若き日を振り返って
私は単にアカデミックな古典主義志向が嫌いだっただけです。すでにエドウィン・フィッシャーのマスタークラスを受講して彼の演奏を聴いていたし、ケンプやコルトー、そして、巨匠と呼ばれる偉大な指揮者もたくさん聴いていましたが、これらの経験が私の中で、当時のウィーンのアカデミーで教えられていたことと合致しなかったのです。
あの頃は、フルトヴェングラーが指揮をするたびに、顔をしかめていた教授もいました。

ブレンデル、現代の録音の問題点について語る
現在のピアノ曲の録音で聴かれる三次元性には、首をかしげる部分がなきにしもあらずです。現代ではマイクをピアノのすぐ近くに設置したものと、会場内の離れたところの天井から釣り下げるものがあって、楽器と空間の両方の響きを録音します。でも、この両方の響きの組み合わせが問題で、毎回納得のいく音が得られるとは限らないのです。音が極端に近すぎたり、残響が多すぎたり。

音楽愛好家はいかに音楽と接すべきか
ありとあらゆる録音を聴いてきた演奏家と同じようにするべきでしょう。説得力のある録音をいろいろ比較して探して、その理由を考えてみるのです。良い版の楽譜で作曲家が実際に書いた譜面を読んで、どこまでの解釈が可能で許されるかを把握したうえで、楽譜を見ながら聴き比べることができればさらによいでしょう。この基本的なことを知っているのと知らないのとでは、演奏の評価が変わってきます。

マルティン・マイヤー著 『対話録「さすらい人」ブレンデル―リストからモーツァルトへの道程』から p.33, 42, 59&249

本日の最後に、リヒテルやギレリスの師であったゲンリヒ・ネイガウス

ゲンリッヒ・ネイガウス著 『ピアノ演奏芸術―ある教育者の手記』の商品写真ネイガウスが注目した演奏家
現代のピアニストに限って、名前を挙げるなら、ギーゼキング、ホロヴィッツ、アルトゥール・ルービンシュタイン、ロベール・カザドシュ、ペトリ、クラウディオ・アラウ、その他となり、もっと若い世代となると、ギレリス、リヒテル、ベネデッティ・ミケランジェリ、グールドを挙げたいと思います。

どうして、ほんとうに魅力的な演奏家が僅かしか生まれないのか
原因は、私が思うに、大部分のものは、あらゆるその他の才能にもかかわらず、<指揮者的基盤>、創造的意志、個性等を欠いていて、その結果教えられたようには弾くが、自分が経験したり、考え抜いたり、徹底的に検討したりしたようには弾いていないからです。

ゲンリッヒ・ネイガウス著 『ピアノ演奏芸術―ある教育者の手記』から p.272&284

これでも15の言葉だけですから、全体はまだ10倍の量。。。今後、とびとびでご紹介すると思います(書くことが思いつかないときなどに・・・)。ご興味がある方には、時折、このサイトの記事一覧の中の 音楽家は語る(クラシック作曲家&演奏家の名言集) に記事リンクをつけますので、ご覧いただければ幸いです。

重版されることがあまりなく、気づくと手に入りにくい音楽書。弊店でも音楽書を買われる方が少しずつ増えていて、「多少ともお役に立っているのかな、、、」と思ったり、思わなかったり・・・

しかし、先日までの好景気では、「失われた10年」を忘れたかのように、ブランド店が立ち並び、きらびやかな店舗が新設され、クラシックだって価格の高い来日公演が増えて、今後それらも泡と消えていくのでしょうが、どうせ手にした資金を音楽書の出版や翻訳に地道に使うようなことを考えたらどうなのか・・・とつくづく思います。

年寄り臭いことを申しました。では!

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posted by sergejO at 21:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 名著ご案内!
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