引き続き、往年の名指揮者トスカニーニについて。昨日から、音楽家がどんな風に感じて、ものを評価するかの些細な実例紹介も兼ねて、トスカニーニに関する同時代の音楽家の評価から三人の文章を取り上げて居ります。
世間的には、手放しの賞賛、さもなくば坊主憎けりゃの類いの全否定が結構多いと感じます。しかし、絶賛を浴びた指揮者も、部分部分善し悪し双方を評価している声もあると見れば、「いい」のか、「わるい」のか迷っている方も、ちょっとホッとするものかと(わたくし自身の経験がそうだった・・・というまでであります)。
本日は、ウィーン・フィルで長らく楽団長を務めたオットー・シュトラッサーのトスカニーニ評。シュトラッサーの回顧録『栄光のウィーン・フィル―前楽団長が綴る半世紀の歴史』の中に、一章を割いての記述があります。
この著作、古本でしか手に入らないのが残念ですが、ウィーン・フィルの活動の模様はもちろんのこと、一見、八方丸く収めた記述の中に、共演した指揮者の特質、シュトラッサーによる評価が示されております。トスカニーニやフルトヴェングラーのほか、クナッパーツブッシュ、ベーム、カラヤン、フリッチャイその他、大勢の指揮者が登場。自分の好みの指揮者を見つけるにも中々の好著と存じます。
元ウィーン・フィル楽団長 オットー・シュトラッサーのトスカニーニ評:『栄光のウィーン・フィル―前楽団長が綴る半世紀の歴史』
件の章は、第九章 アルトゥーロ・トスカニーニ −大人物の光輝(p.124〜)で、冒頭、当時のトスカニーニの名声の高さを描写します。
私の若い時代に、トスカニーニほど、完璧さと確実さの後光に包まれていた音楽家は世界に存在しなかったと思う。人々は彼についてただ最上級でのみ話した。(略)
彼が二回ウィーンに来た時、私たちは初めて自身の判断を下すことができた。(中略)また私たちの同僚の二人は、バイロイトにおける彼の《トリスタン》上演で共演し、私たちが彼のウィーン登場によって味わったと同様に、そこでの体験に大いに感激していた。
ミラノ・スカラ座の監督、ニューヨーク・フィルハーモニーとニューヨークのメトロポリタン歌劇場、およびバイロイトにおける指揮者として、トスカニーニはとじ世界の大きな音楽中心地の各所に活躍して居り、指揮者中の最も優れた人とは言わない迄も、少なくとも最も重要な巨匠の一人たるに相応しい人物だった。
出会いの時は1933年。この後、トスカニーニのウィーン・フィル客演は1937年迄続きますが、そういった年表・コンサート演目詳細は、例えば、下のwebsiteなどをどうぞ。
http://www.toscaninionline.com/timeline.htm
http://www2u.biglobe.ne.jp/~toshome/main/maestro/V/MT-VPOfrm.html
さて、最初に楽団が気遣ったのは、当時の楽団長ブルクハウザー主導の下での、怒りっぽいトスカニーニに怒られない対策案!この章この手の内輪話が山ほどありますが、よほど「後から思い出すと良い思い出」だったのでしょう。
ブルクハウザーは、トスカニーニの仕事のやり方や普段の習慣などについてよく情報を得ていて私たちに示し、私たちのとるべき態度について規則を幾つか拵えておいたので、彼の尽力により衝突の可能性が最小限に抑えられた。
会社の接待とでもいいますか、下手すれば新しい担任の先生の噂をする小学生のような姿も浮かんできます。
準備万端の上、いよいよトスカニーニとの初のリハーサル。
私たちがすぐに感じ取った、絶対に妥協を許さない意志は、彼の顔の鋭い輪廓からうかがい知れた。(中略)最初から私たちは、立派に稽古をつけることを心得ている、そして信じ難いほどの集中力とエネルギーを以てしかも能率的に仕事をすることを弁えている、一人の芸術家を前にしていることを悟った。
最初の印象からして、既に立派な芸術家たる風貌を感じさせたのでした。
トスカニーニとの練習風景の仔細はぜひ本書にお確かめを。輪を描く指揮や、大事なところで指揮棒をふらない術など、トスカニーニ由来ではないかとちらっと示唆されて居ります。重要なことは、トスカニーニが
「すべての音楽は歌うことに由来する」
と常々言っていたことかと思います。
読んでいて笑ってしまうのが、怒りっぽいイタリア人と呑気なウィーンっ子という見事な典型的図式での練習中の騒動。楽団員が肝を冷やしているところ、第一ヴァイオリンの古老アルノルト・ロゼェが所謂逆ギレ気味になり、そんなロゼェにさすがのトスカニーニも気をつかったり、と殆どコメディのような状況。
しかし、段々団員も対応に慣れて来て、傑作なのは、ヴェルディの《ファルスタッフ》の練習中のできごとで、オーボエのグループが(多分、意図的に)慣れない代理奏者を第一オーボエに据えて、
何とマエストロが爆発する箇所の小節番号の数で賭けをし、それで儲けたのだ!
欧州の古都の百戦錬磨の楽団員だけあって、狸だな・・・と感心致します。もう一つ練習中のことで、記憶に残った記述は、
彼は音楽の事柄に関しては、決して専制君主であったことはない。彼は支持を与えたが、ソロを弾いている同僚を圧迫したりはせず、それぞれにその人独自の音楽の道を行かせ、誰をも決して神経質にしなかった。普通のオーケストラの楽員の生活では本当に滅多にないことだが、そのうちには私たちの側から、余分にリハーサルをしてくれるように彼に頼むようにさえなった。
でした。
ウィーン・フィル元学団長シュトラッサーによるトスカニーニおすすめ名盤(CD)
さて、そんなシュトラッサーがトスカーニーニとの共演で上手く行った曲として挙げているのが、例えば、モーツァルト:交響曲第35番ニ長調K.385、ブラームスのハイドンの主題による変奏曲 変ロ長調 Op.56a。ザルツブルグ音楽祭では、ヴェルディ:歌劇《ファルスタッフ》、ベートーヴェン:歌劇《フィデリオ》、ワグナー:《ニュルンベルクのマイスタージンガー》。どういう美しい表現で、これらの良い公演の記述をしているか、、、これもぜひ本書でお確かめのほどを。
逆に、今ひとつだと感じたものとしては、ベートーヴェンやブルックナーの交響曲に、モーツァルトの《魔笛》を挙げて居りました。
ウィーン・フィルとの録音はみつけられませんでしたが、ザルツブルグ公演は録音が出ております。上の写真やリンクがそれにあたります。
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前回の末尾に、トスカニーニとフルトヴェングラーの両者を比較したシュトラッサーの言葉を引用しました。
トスカニーニは正確さ、音色の美しさに気を配り、フルトヴェングラーは表現力、豊富な力の迸りに心がけ、このようにして、互いに対立しながらしかも互いに相補うこの二人の巨匠の影響力は私たちの上に著しい効果を及ぼし、双方の優れた特徴が一つになり、目に見えて、私たちに最高のフォルムを現出してくれた。
本日は、もう一つ別の比較で締めくくろうと思います。トスカニーニへの評価としてよく言われる「作品に忠実」に関するもの。
人々は当時トスカニーニを、「作品に忠実」という主義、すなわち、スコアから認め得る作曲者の意図にのみ従うという解釈の方法−の代表者と見なしていた。事実、彼の演奏には、楽譜が表しているものによって許されないような、如何なる変更もデュナーミク上のニュアンスも存在しなかった。当然、様々な解釈が可能と思われる諸問題は未解決にされていた。(略)
これに反してフルトヴェングラーは、私の思うに、楽譜に示されているものの全く独自な解釈に努めた。彼は、“楽譜の背後”にあるもの、すなわち、情緒の充溢とか盛り上がり−それは楽譜ではただ不完全にしか伝えられないが−を、先ず何よりも読み取ろうと努力した。
前掲書 P.142
本日は、ここまでで。
次回は、これまた面白い指揮者オットー・クレンペラーのインタビュー本、ピーターヘイワース編『クレンペラーとの対話』(中古のみですが、英語版の方がおやすく手に入るようです。Peter Heyworth ed., Conversations with Klemperer)から、トスカニーニ評をご紹介。
指揮者オットー・クレンペラーといえば、またゆっくり重々しい音楽が思い浮かびますが、カラヤンやブレーズなどの現代指揮者も高く評価し、若い頃はアバンギャルドな人物。彼による批評はどういうものでしょう?
では!
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p.s.:先日、はてなスターを導入してみましたが、表示が大変遅くなるので、はずすことと致しました。ご利用頂いた皆様には申し訳ございませんが、ご了承お願い申し上げます。













